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私のような経験の浅い者が、職人列伝に登場すること自体若干戸惑いを感じますが、現在にいたるまでを紹介させていただきます。
大阪で営業の仕事をしていた私が子会社の納豆会社への出向を命じられましたのは、今から13年前の春のことでした。納豆を食べたことのない私は只、仕事の段取りを覚えるだけの毎日を過ごしておりました。
しかし半年もたった頃でしょうか、パートさん同士の何気ない会話が耳に入ってきました。「誰も納豆を持っていかないネ。家の子どもは他社の納豆は食べるけど、政岡のはネ。」これを聞いたとき私のやるべき仕事が決まったような気がしました。
翌日からスーパー、小売店で納豆を買っては食べる日々が続きました。様々な納豆を食べるうちにまず一つ気付いた事は、わが社の納豆は他社の商品とは味、舌触り、硬さなど明らかに違うということでした。
醗酵室に入ると、盛り込んだトレー(納豆は生き物です)全員がこちらを向いて「美人につくれよ!」「売り先をすぐ見つけろよ」と私にプレッシャーを掛けてきました。それからは、私の納豆へのこだわりとして原料の洗いから発酵まで、大豆の顔色を見ながらその都度美人になるように心がけて造っております。お陰様で最近ではパートさん達が、私の作った納豆を喜んで持って帰ってくれるようになりました。
「美人は三日見たら飽きる。ブスは三日見たら慣れる」という言葉がありますが、パートさん達も私の納豆に慣れたのかも知れませんネ!
冗談はさておき、素人の私が今日までやってこられましたのは、納豆組合の皆様の御協力と御指導があった賜物と感謝しております。
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