−納豆は、食を彩る 主人公− >


第21回気仙沼大会《ダイジェスト版》
宮城県気仙沼市に194点が大集結。
第21回審査結果
日本一は愛知県の山下食品さん。

No90 20th鑑評会当日。早食い大会、納豆食堂、ねば〜る君!
No89 20th鑑評会前日。偕楽園に水戸黄門像。納豆記念碑にねばり丼。
No70 世界最小の納豆屋
毎日12個は至高の12個

No.164 ショートケーキ風ミニタルト
カラフルで可愛く出来ました☆
No.133 生ハムと黒豆のカナッペ
黒豆納豆が見事にマッチ!
No.117 シュー納豆
ブルーベリーと黒豆が絶妙☆














笹沼五郎商店さんに到着 ●巨大地震から1ヶ月

朝比奈怜生 みなさんこんにちは、朝比奈怜生です。今日は4月11日。巨大地震からちょうど1ヶ月目になりました。 東日本大震災で被害を受けられた納豆業界のみなさんのお話を伺いに、茨城まで行ってきます。

毎日テレビや新聞で、被災地のすさまじい状況を目にしていて心が痛みます。東北地方だけでなく関東地方でもたくさん被害が出ていますよね。きっと被災地では想像以上にダメージもあるんだろうし、そこで生活している人たちは東京にいる私たちよりずっと大変なんだろうなぁ。言葉には表すことのできない深刻な影響を受けているんだろうなぁ。しっかりみなさんの声を聞いてこようと思います。文化村のヘルメットを持って、行ってきまーす!

朝比奈怜生
東北・関東の広い範囲で大きな被害を出した巨大地震から1ヶ月が経ちました。余震は今もまだ続いていて安心はできない状態が続いています。

地震のニュースの見るたびに、納豆業界の方々のことが気がかりです。

直接的に復興の支援をすることは難しいですが、みなさんの気持ちをお伺いして、伝えることから始めよう!そんな想いを持って、東京を出発しました。

笹沼会長
笹沼会長さん

笹沼常務さんと
笹沼常務さん

笹沼常務さんと
笹沼常務さん

松喜吉さんにて
松喜吉さんにて

スタミナラーメン
スタミナラーメン

オンマウスで表示される説明文

まずは全納連会長の笹沼さんをお訪ねしました。笹沼さんは、茨城県水戸市の笹沼五郎商店さんの社長さんです。

笹沼全納連会長
怜生:笹沼会長、今日で東日本の巨大地震から1ヶ月目となりましたが、被災地の皆さんの様子はいかがですか?

笹沼会長:とても大変だったみたいですよ。宮城・岩手・福島には電気がきていないところもまだあり、とても心配しています。東北もマスコミで報じられているように、とてもすごい状態でしたが、納豆業界においては幸いにも人的被害がなかったんです。

怜生:笹沼会長は地震の時はどうされていましたか?

笹沼全納連会長 笹沼会長:3月11日ですね。あの地震は、水戸では震度6強だったんです。私はちょうど水戸駅のプラットホームにいたんですが、グラグラっと大きく揺れて、天井がいきなり落ちて来て、立っていられない状態でした。電気も消えて、初めての体験でした。

怜生:東京でも震度5強で、とても怖い思いをしましたが、震度6強となると、想像もできないしすごかったでしょうね。笹沼会長の工場も当然止まったわけですよね。

笹沼会長:そうですね、停電になり断水にもなりました。機械を直すだけで1週間かかりました。

私のところは10日間休業して、3月22日から操業を再開できたんです。自宅はすごい状態ですが、いまだに手をつけられないままです。


朝比奈怜生 怜生:先ほど玄関周りや工場の周囲も見させていただきましたが、砂が出ているようで、液状化現象もあったのですか?

笹沼会長:はい、やはり震度6強となると相当の揺れで、床はヒビが入ったり隆起したりしましたし、玄関周りは先ほど見てもらったように、地盤が少し落ち込みました。

怜生:はい、ホントに大きな揺れだったんだなと実感しました。復旧にはかなりかかるのでしょうが、どのくらいかかりそうですか?
笹沼会長:少しづつ、やっていこうと思っています。今のところ100%復活できる見通しはほとんどないと言えるでしょうね。特にこれから夏場になり、資材や電力の不安要素があり、いろいろ対策を考えていかなければならないですね。

怜生:東京からは1ヶ月間ほとんど納豆が消えて、ここ何日か前から少しづつ納豆を見かけるようになりました。

作業中の皆様
笹沼会長:そうですか。最近は関東地方に納豆が無いせいか、操業を始めたとどこからか聞かれて、納豆を求めて、東京や埼玉から高速を使っておいでになる方もいる位です。やはり納豆は日本人の生活に無くてはならないものなんだな、と改めて感じました。日本の為に、伝統の納豆を皆様にきちんと届けられるよう、業界全体で頑張りますよ。


笹沼会長さんのあとに、だるま食品さんの高野社長さんをお訪ねしましたが、ちょうど醗酵室に入られていてお話をお伺いできませんでした。アポなしで突然行ってごめんなさい(>_<)

長谷川先生 次に、茨城県工業技術センターの長谷川先生をお訪ねしました。
怜生:長谷川先生は、地震の当日はどうされていたんですか?

長谷川先生:それがね、茨城にいなくて、地震が発生した時は熊谷にいたんです。

地震直後の長谷川先生の研究室 地震直後の長谷川先生の研究室です。大散乱!長谷川先生と2ショットの写真には、青い矢印部分に黒いパソコンがありますが、地震の時にはその大切なパソコンが床にダイナミックにダーッて落ちていたそうです! ぅわーうっそー! でもデータが無事でよかった♪
怜生:えーっ、ではあまり揺れは感じられなかったのですか?

長谷川先生:いえいえ、それなりに揺れましたよ。でも出張から帰ってきて、あまりのすごさに驚きました!特に600万もする大切な顕微鏡が壊れたのはショックでした。

怜生:わー、それは超ショックですね! それにしても1ヶ月経つというのに、まだまだ研究所の中はすごいですね。ところで地震で大きく揺れると、納豆メーカーさんは設備にも繊細な部分があるので大変ですね。

長谷川先生:まず揺れが起こると、ほこりが舞ったり、天井や壁が落ちたりで異物混入の恐れが出て来て製造が出来なくなります。メーカーさんは安心・安全で商品作りを頑張ってますが、大地震にはかなわないですね。

それに停電になると発酵や冷蔵も出来なくなり、機械が動いたとしても十分に生産できる体制がなかなか難しいでしょうね。


怜生:納豆のフィルムメーカーが被災したとかで、納豆のフィルムがなくて生産できない話をよく聞きましたが、納豆菌の工場は無事だったんですね。

長谷川先生:そうですね。納豆菌が仮になくなったら、緊急用として私が100本くらいなら作ってもいいですよ(笑)でも今回の大地震では、全壊した建物がなくてよかったです。

怜生:良かったですね。これからまた大掃除ですね(笑)

次に、茨城県納豆商工業協同組合理事長の井川食品・井川社長さんをお訪ねしました。

茨城県納豆組合・井川理事長 納豆文化村として井川理事長さんにお会いするのは、納豆記念碑の詩穏ちゃんの取材(No.59)以来です。
怜生:今回の地震では相当揺れたようですね。水戸からの道路も至る所で陥没があり、三角のパイロンが立っているところがたくさんありました。

井川理事長:相当揺れましたよ。当時この部屋にいて本棚からものすごい勢いで出てきて、どうしようもなかったですよ。でも社員のみんなも無事だったし、工場がほとんど大丈夫で良かったです。
怜生:茨城県の理事長さんとして、28社の組合員の方々がどのような状況になったのか、ご心配だったと思います。

井川理事長:そうなんです。最初様子がわからない人もあって心配しました。ちょうど先週の4月2〜4日で県内を回ってきたんです。
怜生:みなさん、大変な様子でしたか?

井川理事長:地震直後は28社全社が操業できなくなって、それでも小さいメーカーは割合みんな被害が少なくて、地震後7〜10日間くらいで、工場が復旧して生産が出来るようになったようです。でも大手はそれなりに被害があって、困っている様子です。
怜生:そうなんですね。包材関係、特にフィルムがないとよく聞きますが、特に大手さんは困るのではないでしょうか。

井川理事長:そうなんですよ。中小メーカーは生産量が少ないので、フィルムなどは今までの在庫でとりあえずは大丈夫なんですが、大手となると使う量が大量なので、フィルムなどはすぐ無くなるんです。

納豆が作れるようになっても、フィルムがないと生産を抑えなくてはならなくなり、今の状態で通常の5〜6割ってところじゃないでしょうか。

怜生:納豆を作るには大豆だけではなくて、容器やフィルム、タレや辛子もありますからね。どれが足りなくても納豆としての製品にはならないですからね。

井川理事長:ですから茨城では、中小メーカーほどダメージが少なくて、大手ほど被害が大きいという構図になっているんです。
怜生:大手さんの作る量が少ないから東京からも納豆が消えて大きなニュースになったんですね。ところでこれから夏を迎えますが、調整停電になるかもという話も聞きました。

井川理事長:そうなんです。今年の夏は調整停電があるので、ピーク時の電力を抑える必要があり、納豆業界に限らず産業界はすごく苦労すると思います。停電になると納豆を醗酵できないですから、どのように生産体制を作っていくかは大きな課題になっています。みんなで対策を考えて、力を合わせて頑張って行かなくてはね。

だるま食品さん
だるま食品さん

移動中のお茶購入
移動中のお茶購入

着きました
着きました

長谷川先生
長谷川先生

道路の亀裂
道路の亀裂

道路の亀裂
道路の亀裂

バラバラです
バラバラです

地震直後の水戸
地震直後の水戸
(撮影/長谷川先生)

地震直後の水戸
地震直後の水戸
(撮影/長谷川先生)

地震直後の水戸
地震直後の水戸
(撮影/長谷川先生)

門傳さん 3月11日、宮城県栗原市は、気象庁震度階級の最大震度で激震と言われる震度7を記録しました。その栗原市にはこだわりメーカーさんとして有名な川口納豆さんがあります。

納豆文化村では今回宮城県までの取材には残念ながら行けなかったので、お電話で門傳社長さんに震災の様子をインタビューしました。
(写真は昨年5月上野にて撮影)
※記事中の写真は門傳さんにお送りいただいたものです。


怜生:門傳さん、地震の時はすごかったでしょうね。

支援物資 門傳さん:すごかったですよ。言葉には表せないですね。停電が大規模に起こって、被災地をすぐに回りましたが言葉を失いましたね。

怜生:そうですね。東京の強震と言われる震度5強で私はとても怖い思いをしましたが、震度7は激震ですからね。想像するだけで怖いです。

門傳さん:被災された方がたくさんいるので、自分の事は構ってられない状態になり、すぐに被災地をまわり、災害復旧にあたりました。

ツイッターやメールで、知り合いの食品会社や友人に、物資を送ってくれるように頼みました。特に被災直後は食べるものが何もなくて、お米が助かりました。おにぎりとお米を持っていろいろ被災地を回りました。


怜生:送っていただいた写真を見ると、お米屋さんが出来るくらいのすごい量のお米ですね。

支援物資 門傳さん:はい、皆さんの善意がとても嬉しいです。今まで20トンくらい被災地に運びました。写真のお米はその後のものなのですが、まだまだこれから長丁場なので、頑張ります。

怜生:今まで20トンも運ばれたのですか!すごい量ですね!被災直後から多くの被災地を回られているのですね。

大量のお米 門傳さん:栗原市や地元食品会社、それにJA等多数の皆様に協力を頂いて、支援物資を気仙沼に届けに行きました。

16日から一週間ずっと気仙沼に行ってました。とにかく食料が不足している状態ですから、やはり米とおにぎりはこういう時にはとてもいいですね。


怜生:やはり基本はお米ですね。被災地の方々もおにぎりがとても嬉しかったのではと思います。門傳さんの納豆工場はどうだったのですか?

門傳さん:電気が回復したのが3月17日。やはり機械は万全でなく、修理をしてもらう業者の方も避難生活なので迎えに行ったりしました。

冷蔵庫も不備がありましたが、設備屋さんも避難所生活でした。


怜生:門傳さんは工場がそういう中でも、被災者の方への支援を優先されていたんですね。すごいです。

門傳さん:もうね理屈はいらない。とにかく困っている人がたくさんいるのだから、支援できる人はとにかくまず支援してあげることだと思います。

怜生:先日も強い余震が来ましたし、門傳さんのツイッターを見させてもらってもたいへん行動的でハードに動かれていますので、お体を大切になさってください。

門傳さん:はい、大丈夫ですよ。1ヶ月経ちましたが、改めて皆さんのご厚情に感謝です。

支援物資
怜生:これからも復興まで長い時間がかかると思いますが、頑張ってください。応援しています。

おりしも桜が満開 茨城県の鹿嶋コンビナートでのエチレン生産は国内最大級。今回の納豆包装フィルムの不足は、鹿島の石油化学関係の会社が巨大地震の影響で生産をストップしてしまったことも、大きな要因の様です。

それに特に今回のような大震災の場合は、包装原料の出荷などは主に医薬品向けなどが優先されるような事もあるかも知れませんね。

門傳さんは、「ネットの威力はすごいね」と言われていましたが、門傳さんの発信力と実行力こそすごいです!

気仙沼を中心とした被災地に既に20トンのお米を運ばれたそうです。20トンというと、スーパーにある5kgのお米の袋が4000袋! 「困っている人がいるから当然でしょう」とさらりと流す門傳さんの言葉に、ずっしりとした重みを感じました。

人のためになる行動は、人間の素晴らしい部分、素敵な部分だと思います。今回茨城県でお話をお伺いしましたが、皆さん、組織の為に、同業者の為に、被災者の皆様のために、ご尽力されていて、とても頭の下がる思いでした。

普通の生活の中にある慈愛や慈悲に満ちた気持ちの中にこそ、本当のボランティア精神があるのではないでしょうか。 その人の積み重ねてきた感性や経験や人間関係が、その精神やパワーを作っていくのですね。私利私欲のない無心な状態での活動には本当に心を打たれます。

大震災によって、多くの人が被災されました。今こそ、どんなに小さなことでも自分に出来ること、気持ちを被災地に届けたいですね。
朝比奈怜生
今回の取材を通して、皆さん自身が被災者であるのに、周りの方々のために、そして大切な納豆のために力を尽くしていることを知ることができ、嬉しく思いました。

また、たくさんの人の想いが詰まった納豆を食べられることのありがたみも強く感じました。業界全体が、納豆が大好きな皆様に早くおいしい納豆が届けられるように頑張っています。

東京はおりしも復興の象徴と言われる、桜が満開です。今後東日本が必ず盛り返して、今まで以上に繁栄する事を信じています。元通りの生活に戻るまでにはまだ時間がかかるかもしれませんが、みんなで助け合いながら納豆のように粘り強く、一日でも早く元気な日本を取り戻していきたいですね。

納豆文化村:朝比奈怜生


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